大変だったこともあるけど、楽しかったし、しあわせだった。 また次もみんなと過ごせるといいな。  他のみんなの言葉を聞きながら、これまで何度も繰り返した失敗を思い返していた。  デビューしたも売れず、すぐにやり直しをさせるために解散させられたこと。夢を諦めて解散を選択したこと。メンバーの結婚で解散となったこと。メンバーの逮捕で解散に追い込まれたこと。事務所の借金問題で解散したこと。それから、俺以外のメンバーが満足して円満に解散したこと。  たぶん、もっとある。中には何度かやったやつもある。もう思い出せない。 「なァに暗い顔しちゃってんのォ?めでたく解散を危機で済ませられたじゃん」 ――生放送中なんだから、ちょっと黙れよ。  俺は俺の隣で宙に浮くヤツに、心の中で悪態をついた。楽しげに笑いながら、俺のしかめ面を眺めている。  コイツは始めからこうなることを知っていたのだろうか。それで、解散を回避するためのチャンスを俺に与えたのだろうか。腹が立ってくる。  撮影は俺のコメントの番となり、できるだけなにも混ぜずに話した。だってそうだろ、もうこうなっちゃったんだから。  俺は輝くところに行きたかった。そしてあたたかなところに行きたかった。そう思い描いていたら、結果としてアイドルになっていたんだ。 「お前がこのグループのリーダーだ。がんばってまとめてくれよ」 そう任命された時の喜びは、今でも覚えている。 俺はこのグループを大切にする。このメンバーたちを大切にする。リーダーである以上、お客さんだけでなく、みんなのことも大切にするんだ。そう意気込んでいた。 初めての解散は、売れないことによるものだった。 先輩グループがとてつもない人気を誇っていたのに、俺たちはデビューしても全く売れなかった。事務所の人間が頭を抱えて、打開策として早々の解散となった。新たなグループ、もしくは個人として再デビューすれば、売れなかった傷を少なくしてもう一度売り出せる。事務所はそう考えてたんじゃないかな。俺は解散することに抗ったが、結局はダメだった。 「どうしてだよ……」  初めての出会いはその時だ。 「なァに涙ぐんでんの?そんなに嫌なら、悪魔様の力、借りちゃう?」  解散の決定がくだり、売れていたわけでもないのでマスコミに文書で解散を発表するだけという手順を踏み、ひたすら落ち込んでいた時だ。メンバーたちはみんな事務所をあとにしていたが、俺は納得しきれていなくて、一人事務所に残っていた。突然の声に俺は驚いた。声のほうを見ると、男がニタニタと笑っている。 「だ、誰だ。勝手に入って…」 「ストぉーップ。ストップストップ。あんた、ちゃんと俺が見えんの?」  男は目を丸くしてから愉快そうに訊いた。 「み、見えるってどういう」 「見えんだ!はー、超久しぶりだわ。俺が見えんの?へー、ラッキーだねェ」 俺の言葉に被せるように話すその男は、よく見れば宙に浮いていた。もしかして、幽霊というやつか?驚くべきであろうことだが、解散のショックでそれどころではなかった。俺のグループが解散してしまうなんて、あり得ないで欲しいことがあり得たんだから、幽霊ぐらい… 「ちょォっと?聞いてる?聞こえてる?もしもォし」  男は俺の目の前で手をひらひらとさせた。 「おばけかよ」  俺の口からは思ったことがそのまま出た。男はまた愉快そうにして 「残念!そんなちゃっちいモンじゃねェよ。悪魔様でェす」 と自己紹介した。 「は……?あく」 「そ!悪魔様でェす!魔が差したのまさしくマ!あ、く、マ!」  男は俺の言葉に必ず被せるように話してきた。話し方といい、ちょっとうっとうしいヤツだ。 「……悪魔が俺になんの用なの。俺は悪魔に用はないんだけど」  悪魔は口を横いっぱいに広げた笑い方をして、俺の問いを聴いた。やっと落ち着いて話せそうだ。 「用?あると思うよ、お前が俺に頼みたいこと」 ――そんなわけないだろ。確かに解散は嫌だけど、それが理由で誰かを呪いたいわけではない。強いていえば、グループを守れなかった俺自身か。  俺は手で追い払う仕草をしながら、呆れてみせる。 「誰かを不幸にしたいなんて思ってないよ」  悪魔は俺の発言でこの場から立ち去るだろうと思っていたが、笑みをよりいっそう大きくし、こう言った。 「ばァか。悪魔様ができるのは、それだけじゃないんだよ」  悪魔の話をまとめると、こうだ。悪魔は人の望みを叶えることができる。ただし、一人あたり一度きり。叶えた結果がどうなっても、悪魔が対処してくれることはない。 悪魔だというのに“望みを叶える”ということが不思議でならなかったが、なぜか理由は教えてくれなかった。規則として話してはならないらしい。 「あんたさァ、解散したくなかったんでしょ。それなら、解散する前に時間を戻してやるよ」 「え?」  自分自身を悪魔というヤツなのに、妙に親切で疑念を抱く。 「や、だからァ、解散する前に時間を戻して、やり直すの。運命にはいろんなものがあって、例え同じことが起きたとしても、結果が違うパターンもあるわけ。だから、解散する前に時間を戻せば、グループが売れなくても解散しない運命に当たるかも知れない」 「売れない以外の理由で解散したら?」 「そりゃァ、またやり直しになるんだよ。解散しちゃったら時間を戻す、そういう契約にすれば、解散しない運命を巡り当てるまで、何度だって戻れるさ」  俺は戸惑った。コイツは悪魔と呼ばれるものとイメージが違う。悪魔はもっと意地悪なものなんじゃないのか。 「まァ、さっきも言ったけど、叶えてやることは一度きりだから。だから『解散したら時間を戻す』という契約にすれば、叶える望みとしてはひとつだし、問題ないから。で、解散しない運命を当てることができれば、契約は終了。あんたの時間が戻るのも終わり、ってわけ」  悪魔は終始、笑顔を崩さない。いいように騙されているような気がする。 「なにか裏がないか?」 俺は正直な気持ちを言った。 「俺の望みを叶えたって、キミにはなんの得もないだろ」  悪魔は疑問符を貼り付けたような表情をしてから、高らかに笑った。 「これだから嫌だよなァ。人間でも悪魔でも次元の低いやつは」 「な、」 「あァごめんごめん。損得とかどうでもいいわけ。俺は暇なの。俺、結構優秀な悪魔なのよ。悪魔にもいろいろ仕事があってねェ。ま、それはいいんだけど、とにかく優秀な悪魔様は自分の仕事はとっくにこなしていて、暇を持て余してるわけよ。だから自分の能力を使って、誰かの運命を見て暇潰しでもしてようかなってね」 「……」 俺は考え込んだ。本当に契約してしまっても、悪いことは起きないのだろうか。解散しない運命…今の俺にはとても魅力的なものだ。 「でもねェ、時間を戻すとなると、あんた疲れると思うよ。その時に存在する人よりも多くの時間を過ごしていることになるわけだから。体は年とってないのに、心は老いるね」  悪魔の話は半分反対側の耳から流れ出ていて、俺はグループのみんなのことを考えていた。 ――グループを続けたい。 「頼む、契約してくれ」  グループを解散させないには、それしかない。例え、目の前の存在が胡散臭くとも、それに賭けてみるしかないんだ。  悪魔はこれまでの笑顔とは違った、少し穏やかな笑みを向けて 「あいよォ、リョーカイ」  と俺に近づいた。  俺が悪魔に頼んで、悪魔がそれに答えた言動とほぼ同時に、時間は戻った。それからというもの、グループが解散してしまう度に自動的に時間が戻った。  悪魔は解散騒動が起きると現れ、俺の様子をニタニタと眺めていた。解散すれば、時間が戻りやり直せる。そうわかっていても、解散を何度も経験するのは神経に毒だった。解散する度に落ち込む俺を、悪魔は面白がって見ているのだろうなと思った。 ――今回もやり直しか。  そう思ったけれど、時間が戻らなかったことがある。グループの一人が、脱退した時だ。彼は密かに自分の夢を目指して、その職業に就くための試験を受けていた。実はその試験に受かって、グループをやめたい。そう申し出があった時に、また時間が戻ることを覚悟した。いつもなら解散は落ち込むことなのに、彼の夢が叶ったという嬉しさがあった。  やり直しは疲れるけど、また頑張ろう。嬉しさからかそんな気持ちにさえなっていた。しかし、いつもならば瞬時に元の時間に戻るのに、その時はなにも起きなかった。 「悪魔!おい悪魔!見てるんだろ」  姿はなかったが、俺の人生を傍観して面白がっているであろう悪魔の存在はわかっていた。 「なァによ、こっちはなにか介入するつもりないんだから、呼び出さないでくれる?」  案の定、悪魔は面倒そうな顔をして現れた。 「時間が戻らないんだけど、どういうこと?まさか契約破棄?」 「はァ?そんなわけないでしょ。アクマウソツカナイネ」  言葉をカタコトにしてふざける悪魔に、やや頭にきた。 「じゃあなんで戻らないの?」  頭にきたせいで言葉尻がきつくなると、悪魔は首を傾げて言った。 「なァに怒ってるの?だって解散してないでしょ」 「は?」 「だァかァらァ!解散してないでしょ、戻るわけないよ」  俺は悪魔との契約を思い出していた。  『解散したら時間を戻す』  ピンとはきたが、納得いかなかった。 「解散はしてないけど、アイツがグループから抜けたんだよ?もうグループとして」 「はァい、はいはい。終わり、この話は終わり。不毛なことに時間使うのは嫌い」  悪魔はそう言って居なくなろうとしたが、不服そうな俺の顔を見てか、仕方なく続けた。 「俺と契約したことしか、俺は起こせないよ。もっと具体的に言うなら、俺があんたに施したのは最初の時だけで、あとの時間が戻るのはすべてオート。解散しない運命に当たるまで、全自動で戻りまァす。だから今さら不満を垂れたってしょうがないわけ。俺はあんたの望み通りに『解散したら時間を戻す』ようにしたよ?」  そう言われると、俺はどうしようもなくなった。俺はグループみんなで続けたいと思ってきたんだ。けれども、今回の脱退というのは、祝福したい出来事でもあるし、やめることをやめさせようとは思えなかった。 「まァ、これからもグループとしてリーダーとして頑張りなよ」  悪魔はそう言い残すと姿を消した。 「……これからもよろしくお願いいたします」  無難なコメントだったと思う。でも、なんのために俺は何度も時間を繰り返してきたんだっけ。 「国民的スターとしてその仏頂面はどうかと思うけど、まァなんとか声は出てるし、合格?」  悪魔はからかうように適当なことをぬかしている。  今回だって、もういよいよ解散だと思った。解散にならないようにしていたけれど、もうダメだ。そう感じていた。  時間が戻りやり直しを経験する度に、俺はいっそう解散にならないよう行動を取るようになっていった。気がつけばグループは多くの人に支持をして貰えて、かなり長い年月をアイドルとして活動していた。人気のおかげで、歌って踊ることだけでなく、メンバーそれぞれの得意分野に進出したり挑戦したり、自分からみてもアイドルの領域を超えた活躍ができていると思っていた。  今回の解散危機は、事務所とのいさかいに始まった。いろんなことが重なって、事務所のトップ側ともいえる権力者は、俺たちグループのことを面白く思っていなかった。しかし、人気があって金になるのは確かだ。これまではその理由で事務所に所属し続けられたのだろう。だが、その理由を凌駕する事態が起きてしまった。事務所に居られなくなれば、グループではいられなくなる。  これは解散の運命かもな。そう思いつつその回避を模索し、ひとつの選択肢が見えてきた。それは、グループごと別の事務所に移るというものだ。みんなで移れば、グループを続け芸能活動を続けることができる。これで、解散しない運命を当てられる。もう時間が戻ってやり直すことも終わりだ。  俺はやり直すことに少し疲れを感じていた。だから解散しない運命を当てられるかも知れないことに、両手を上げていたのだ。いさかいのある事務所から開放されることにも喜びを感じた。グループを続けることと、煩わしいことからの脱却、そして繰り返すやり直しの終わり、俺は希望に満ちた心境だった。  結果として、俺たちのグループは事務所に残って解散しない運命を辿ったのだけど。  解散しない会見の放送終了後、楽屋で一人呆けていた。 「どォしちゃったわけェ?解散しない運命を見事に当てられたでしょ!」  悪魔はやっぱり悪魔だった、俺の落ち込み様を見て楽しんでいる。 「俺はこんな継続、望んでないよ……」 「だったらァ、違う運命を辿るように努力したらよかったんじゃない?あ、途中までしてたかな?予定通り、事務所をみんなで出ちゃえば」 「できるわけないだろ!」  めずらしく俺のほうが悪魔の言葉に被せて喋ったので、悪魔は面食らっていた。 「できるわけないだろ……」  俺は、グループは、みんなは、窮地に立たされた。自分で決めることなんてできないように。選択肢がなかったかのように。  確かに俺は、解散しないことを望んで今まで何度もやり直してきた。でも、まさか、こんな形で解散しないなんて。 「ま、」  そうは言っても、俺は今回の件で、俺もグループもメンバーみんなも、もう自分だけのものではなくなっているのだと強く思い知った。そうなんだ、俺はアイドルなんだ。 「こうなった以上は、アイドルしますよ。アイドル、アイドル」  俺がヤケクソに言うのを見て、悪魔は姿を消した。 「そうだよ、アイドル。偶像だ」  解散騒動が過ぎてから、悪魔のことは見なくなった。以前はそこらに居る気配がしていたのに、それすらもなくなっていた。  俺はというと、もしかしたらまた解散危機がやってきて解散になって、時間が戻ってやり直せる、違う方向を辿れることがあるかも知れない、なんて考えていた。のん気だったと思う。時を重ね過ぎて、感覚が狂っていた。 はたから見れば何事もなかったかのように、俺もみんなも活動していた。はずだった。 大変だったこともあるけど、楽しかったし、しあわせだった。 また次もみんなと過ごせるといいな。  グループの一人が自殺した。遺書とは言えないような手紙を残して。 「嘘だろ……?嘘だろ!」  亡くなったという連絡を受けて、胸がざわめいた。 ――まさか、そんなことってないだろう。  そう思いながら、人に気を遣ってばかりで、小さい子供のような優しさと臆病さを持ったまま大人になった彼のことを想った。 ――ひとりで、苦しんでいたのか。  解散騒動から、元通りになったフリをしながらも、もぬけの殻になっていた自分を悔いた。リーダーなのに、ひとつとしてそんな気配を感じ取れなかった自分が情けなかった。 「悪魔!おい悪魔!俺を見て、また面白がってるだろ!姿をみせろよ!」  宙に向かって怒鳴りつける。アイツは必ず、俺が負の感情にまみれるのを見ているはずだ。そして面白がっているはずだ。 「なァによォ。煩く呼び出すんじゃないよ」  背後から声がする。振り返ると、面倒そうに頭を掻く悪魔がいた。 「おい、時間を戻せよ!アイツが死んだらグループが成り立たないだろ!戻せよ!」  俺は悪魔の胸ぐらをつかみ、強く揺さぶった。 「ちょ、ちょォっと、離せよ。無茶を言うなよ。解散してないでしょ」  悪魔はメンバーが一人脱退した時と同じように言った。 「いいから戻せよ!」  時間が戻れば、彼を死なせずに済む。俺は必死に悪魔に縋ったが、悪魔は俺の興奮を冷ますように平手打ちをしてきた。 「いい加減にしてよ。無理なものは無理よ」  俺が体を離すと、自分の身なりを整えながら悪魔は続けた。 「そもそも、もう契約は終わってる。解散しない運命を当てたでしょ。だから俺との契約は既に切れてる」 「なら、もう一回」 「はァい、はいはい、よく思い出してみ?俺の説明。望みを叶えるのは一度だけ。そう言ったでしょ?」  説明を繰り返すことにうんざりした調子で、蔑む眼差しをよこしてきた。 「まァ、これはあんたが当てた運命だからね」  悪魔が続けようとする言葉を察して、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。 「あんたがこの運命を当てなければ、死ななかったかもね!」  言い返すよりもはやく、手が出た。しかし、そこに悪魔はいなかった。  もし俺が、グループに、リーダーに固執せずにいたら……?悪魔と契約しなければ?解散回避の道を探らなければ?  高らかな笑い声だけが、俺の耳に響いた。