die-yer 「死ぬわよ」 彼女は半分枯れた声でそう叫び、ドライヤーをこめかみに当てた。 その姿は非常に滑稽で、なんのつもりだ、と言いたくなったが、あまりにも悲痛な面持ちで必死の様子だったのでこれ以上刺激してはならないと思いやめた。 拳銃のつもりなのだろうか。 スライド式のスイッチに指を掛け、興奮からか恐怖からかその手は震えている。 拳銃ではないのだから恐怖を感じる理由はないはずだが、こうなった状態の彼女にとっては今手にして自分の頭に向けているのは間違いなく拳銃なのだ。 「落ち着けよ」 涙の筋が通った場所とリップグロスで艶やかになった唇には髪の毛がはりついて、いかにも取り乱しているという感じだった。 僕はというと反応に困りながらもとりあえず立ってみて、同じ感情のレベルに行こうと努力していた。 僕だけが冷静でいれば彼女は一層乱れるだろう。 「死ぬって言ってんのよ」 呼吸を荒げながら言い、また一粒一粒涙を流した。 なにが彼女をこうさせたのだっけ、いつもヒートアップする前に治めようとしてるのになかなかうまくいかないな、夕飯は外で食べると言ってたけれどこの様子だとどうするのかな。 頭の中で別のことを考えていると悟られないように表情を複雑にしながら、少し彼女に近づく。 「こないでよ」 「いいから下ろせって」 まいったな、どう収束しようか、彼女もばかみたいなことをしてると白けてくれないかな、ま、これだけ泣いてるならまだ無理か。 僕のために着飾ってくれた彼女の身形を見て、やっぱり僕はこの子が好きだから少し茶番に付き合おう、と決める。 ドライヤーを持った手をつかみ僕の胸の方へ向けさせた。 「あっ」 彼女は腕を元の位置に戻そうと動くが、僕の力の方が強いので無意味だ。 「離してよ」 唇を結んでもがく彼女、僕は次の動作と台詞をどうするべきか考えていた。 どう思案しても浮かぶのはこっ恥ずかしい台詞で、しかしそれが彼女が望み、また喜んでくれて、この騒動を治められる台詞だと理解していた。 仕方ない。 「先に俺を」 彼女の腕の力がふっと抜けたので思い切りこちらに引き寄せ、顔を胸で覆い抱き締めた。 僕の想定内にいった、これで終幕だ。 「死ぬなんて言うな」 彼女は僕の胸に顔を押し付けて泣いていた。 やれやれ、一体何回死ぬと騒ぐのだろう、そしてどうして僕は面倒に思いながらも毎回付き合い嫌いにならないのだろう、まいったな。 彼女の頭を撫でて髪を整えながら、毎度の騒動がどこか中毒的なものになっているのかもな、と自分自身に呆れてみせた。