九回裏ツーアウト満塁。  スコアボードには五対二の表示があり、つまり次の一打次第ではサヨナラ逆転ゲームにできることは、誰が見てもわかることだった。 「バッター九番♂%※に代わりまして“松野家六つ子”、松野家六つ子」  場内に響いたアナウンスに、ライトスタンドからは大きな歓声が上がった。 「お父さん、いよいよよ……!」 「ああ、ああ……!」  その歓声の渦の中で、六つ子の両親である松造と松代は手を取り合った。  観客達は予感していた。  八番打者が打席についても、ネクストバッターズサークルに次の選手が現れない……これはつまりあのスペースに入り切らない者の出番なのであろうと。  その期待が歓声となり、今まさに弾けている。  ベンチでは監督が頭を光らせ、ニヤリと笑っていた。 「オイこら、ここは長男様が目立つポジションであるべきだろ!」 「いや、やはり見栄えは重要。メディアに向くのはこのおれ!」 「ダメでしょ、この中でぼく以上に選球眼のあるヤツがいる?」 「……なんでもいいから早く引っ込みたい」 「やきゅう!? やきゅう!? ボオオォオエ! ボオォォォエ!!」 「あーもう、なんでぼくがクソ男子臭にまみれて……」  ベンチから打席に向かう六人を見て、歓声は一瞬にして止んだ。  史上最強の悪童と呼ばれ世間を圧巻してきた彼らだが、今となれば童貞ニートへと成長した成人男性だ。  本当に、本当に彼らに任せて大丈夫なのだろうか……? 「お兄ちゃんがやるから!」 「今日のヒロインはミラクルボーイの、おれ!」 「大体ね、わかる? あのピッチャーはクローザーとして既に●セーブあげていて」 「う、うんこしたい……」 「ボエパー! ボェパー!!」 「わー、なんか脇汗気になる……! 空調どうなってんの!?」  一本の特大バットを全員で握り、やんややんやと好き放題を言う六つ子。  マウンドのピッチャーは相方のキャッチャーと遠距離あっち向いてホイをはじめる始末で、アンパイアは防具の上から体を掻いた。 「だからここは長男を!」 「最初はこうだ、応援センキューカラ松ガールズアンドボーイズ!」 「このドームのホームベースから観客席までの距離は」 「……う、うん、こ」 「バーン、キーン、ドゥーン!!」 「あ、アツシくんからだ! ぼく打席にいるよ、見えるー?」  ブチン。  唐突な音に、設備の異常かと観客がざわめいた。と同時に、それを掻き消す音量で松造の隣にいた松代が叫ぶ。 「ニートたちいいいぃぃぃ! なにをゴチャゴチャしてるの!! あなたたち、今日で2●歳でしょう!? これまでの成果を見せるんじゃなかったの!?」 「えっ、これまでの成果?」  なんのことだかわからない松造はキョトンとして、立ち上がり叫んだ松代を見た。 「そうだった……」 「ああ……」 「ぼくたち、」  松代の激励が届いた六つ子は、思い出したかのように目に闘志を燃やす。 「やらなきゃ」 「やきゅう!」 「母さんの……ために!」  さっきまでのグダグダを吹き飛ばすような覇気で、六つ子はまるで聖なるなにかになったようだ。  体からは黄金の煙が放出し、キャッチャーとアンパイアはそれを吸い込んで咳き込む。 「あ、あれは!」  打席に立った六つ子を見て、観客にどよめきが起きた。  一致団結一心同体となった六つ子は、バックスクリーンに向かって堂々とバットを掲げている。 「ホームラン、宣言……!!」  ライトスタンドは沸き、レフトスタンドからは悲鳴が漏れる。 「今日はおれたちの」 「記念すべきバースデー!」 「バースデーアーチを飾り」 「チームを逆転勝利に導く」 「やきゅうだ!」 「そう、そして……」 「「「「「「かつて吉永小百合とも言われた母さんに見立てて、あのバックボードに特大ホームランを!!!!!!」」」」」」  六人の示した先には、女優吉永小百合がにっこりと微笑む鉄道の広告があった。 「あら、やだ、もう」 「ぐへっ」  松代は照れて、松造の背中を平手打ちした。 「ケケ、イヤミが煽てただけだけどなオウプッ!!」  前の座席で嘲笑したチビ太に、すかさず蹴りが入る。  バッテリーのサインが決まり、ピッチャーはセットポジションへ。 「母さん」 「おれたちを」 「産んで」 「育ててくれて」 「ありが特大ホームラン!」 「これからもぼくたちを」 「「「「「「養ってくださいー!!!!!!」」」」」」  振りかぶったピッチャーから放たれた玉は竜巻のように風を起こしながら六つ子に迫る。 「うおおおお!」 「わああああ!」 「ちょおおおお!」 「ああああ!」 「ふうううううんぬ!」 「ええええええい!」  ボールを十分に引き込んで、六人は力を揃えてバットを振った。  バットは芯でボールを捉え、ボールの勢力と六つ子の力比べとなる。  接触面からは火花が散り、ボールは変形している。誰もがその行方を息を飲んで見守った。 「「「「「「母さん、ありがとう!!!!!!」」」」」」 「わ、わしは?」  六人の心身が一体化した時、松造の呟きは流され、会場全体が唸り、空気は裂け、猫はアクビし、鳥は糞をした。  ボールは六人の気迫に押し返され、木製バットにも関わらず軽快な音を出し、一直線にバックスクリーンへ向かった。 「わああああぁぁぁ!!」  ライトスタンドからは歓喜の叫びが、レフトスタンドからは諦念の溜息が溢れた。  誰がどう見ても確実な、特大アーチだ。  ボールは宣言通り、吉永小百合が微笑むバックボードに向かっていた。  対戦相手の守備は端からボールを追うことを諦め、全員がその行方を見ていた。  ランナーは余裕のスピードで巡回し、次々にホームベースを踏む。六つ子もそれに続いた。 「わああああ!」  なぜか再び、場内が沸く。 「ああっとこれは!? んん!? 看板ではない! 看板よりも上にボールが滑り込んでいったあああ!! 解説のハタ坊さん!?」 「ジョジョー、これは特大も特大なホームランだジョー!」 「えー実況席から見えましたのは、あ、今リプレイ流れますね、はい」 「すごいジョすごいジョ! 前代未聞な看板越えだジョー!!」 「えーはい、今リプレイ映像見ますとですね、看板と、バックスクリーンの上にあるライトの間に入っていったようですね!」 「ジョジョジョー!!!」  六つ子の打った玉は疑いようのない軌道を描き、それを目撃した全ての人間を驚愕させるホームランとなった。 「えー放送席、放送席、本日のヒーローは逆転サヨナラ満塁打を放った、松野家六つ子です!」 「わああああ!!!」  お立ち台に上がった六つ子に会場から拍手喝采が向けられる。 「フッ、応援センキュー!カラ松ガールズアンドボぶへぁっ!」 「うんこ間に合った」 「やきう! ぼくはやきうマン!!」 「へっへー、やっぱおれ持ってるよな!?」 「ファンのみなさんの声援で、自分の最大限が発揮できたと思います」 「ねーちょっとー、砂糖入った飲み物かけてきたの誰!?」  キイィーン  六人のあまりの騒がしさに、インタビュー用のマイクは音割れする。 「凄まじい一打でしたね」 「やはり初めから計算して」 「ブーン、ブウゥン!!」 「誕生日サプライズある?」 「なんでもいいから早く帰りたい」 「……」 「帰りどこで一杯やる?」  キイィーン 「えー、あと少し下でしたら看板直撃でしたが、打席でのホームラン宣言はそれを示していたのでは?」  インタビュアーのこの質問で、六つ子はいっせいに口を閉じた。 「それは、ね」 「うん」 「だよなあ、さすがに」 「ないッスね」 「やっぱりね」 「……」  神妙な空気になったところで、おそ松がインタビュアーのマイクを奪い取り、落ち着いた調子で話し出した。 「みなさん、ご存知の通り、今日はぼくたちの誕生日です。自分たちに対してバースデーアーチを飾りたいという思いもありましたが……やはりここは、これまで育ててくれた母に感謝を込めて、母そっくりな女優さんの看板を狙うつもりでした」 「えっわしは?」  客席でこぼされた松造の言葉など、誰の耳にも届かない。 「でも、やっぱり……なっ」 「「「「うん」」」」  一呼吸置き、おそ松は続けた。 「大好きな母と瓜二つな人物の看板へ当てるなんて、ぼくたちの息子心が許しませんでした!」 「シェー! そんな似てないザンス、あれはお世辞で」  なにやらイヤミが騒いだが、過去のスターの声は掻き消される。  おそ松の言葉に、チョロ松、一松、十四松、トド松も頷いた。 (なおカラ松は失神中の模様)  会場は感動の渦に包まれた。  それは敵味方関係なく発生し、ヤジを飛ばしていたレフトスタンドのオッチャンも「そうだ、大事な母ちゃんに玉を当てるなんてできねえ」と涙している。 「宣言を果たすことはできませんでしたが、それでもこのホームランを生み出せたのは、みなさん、そして母のお陰です!! ありがとうございました!!」 「わしは……」  六つ子は記者、カメラ、そして場内に頭を下げながらぐるりとして、大きく手を振った。 「いやー、感動的なヒーローインタビューでしたね」 「お母さんは大切だジョー」 「ありがとうございました! 本日のヒーローは松野家六つ子の」 「ちょおおっと待った!」  インタビュアーが区切りをつけようとした時、一塁側ベンチからそれを制止し駆け寄ってくる者の姿があった。 「えっ? 母さ」  パパパパパパン!! 「「「「「「えっ!?」」」」」」  失神していたカラ松も含め六つ子に突如ビンタをくらわした松代は、マスコミのフラッシュを浴びてその表情がわからないまま、静かに言い放った。 「なんで宣言通り看板に当てないの」 「えっ」 「どうして看板に当てないのか訊いてるの。それを越すことができるなら、当てることもできるわよね?」 「えっ、あの、母さん」 「言い訳は不要だわ。あんたたちにほんの少しでも期待した母さんが馬鹿だった」 「えっ、えっ、え!?」 「もういい加減、見限ることにする。今日で荷物をまとめて全員家を出なさい」 「「「「「「えええええ!?」」」」」」 「あの、彼らが先程話してくれたようにですね」 「お黙り!!」 「ヒェッ」  フォローしようとしたインタビュアーにも一喝して、そして松代は顔を覆い嘆いた。 「看板に当てれば、広告企業から百万円貰えたのよ? 百万円よ、百万円! 百万円あったらなにが出来る!? 本気で母さんに感謝するなら、それを取って孝行するのが息子じゃないの!?」  松代のあまりの泣きように、六つ子の言葉に感動していた観客たちが「確かに」と賛同をはじめた。 「えっ、おれたちが悪いの?」 「マミーも更年期かも知れない」 「宣言して期待させたのは確かだけど」 「帰るとこがなくなるの困る……」 「やきゅうだったよね!? ネェ!?」 「賞金のこと忘れてた……」  戸惑う六つ子に松代は財布を取り出して、そこからお札を引き抜いた。 「餞別よ。みんな、元気にやりなさい」 「「「「「「ええっ!?!?!?!?!?!?」」」」」」 「じゃあ母さん、帰るから」  呆然とする六つ子を残して、松代は退場した。  おびただしい量のカメラのフラッシュが、六つ子に向かってきらめいていた。   おしまい キャプション ハッピーバースデーかわいいニートたち! この世に生まれてくれてありがとう! ありがとう松代、ありがとうアカツカ先生!! サンキュー六つ子! フォーエバー六つ子!! 余談 小説松をイメージして書きましたが、文体も雰囲気も真似るには高度過ぎました。 あたたかな気持ちでお読みください。 原作漫画で吉永小百合と煽てられて頬を染め照れる松代が可愛くてたまりません。 話によると松代のモデルはアカツカ先生のお母様とか…? マザコンのアカツカ先生が大好きです。 (さん松の松代と原作の松代は全く違います。初期はたまにクズだけど、基本的にオチャメで可愛い優しい母ちゃんです。妻としても可愛いです。ぜひご覧ください。 先日の某球団の外国人選手が放ったホームランに愕然としましたね。 文中のホームランはそれがモデルです。 (実際も吉永小百合さんの広告看板の上でした。 とにかく私は六つ子に出会えてよかった。 これからもどっぷりここにいたいです。 そして松代になりたいのであった。 お誕生日おめでとう、可愛い六つ子たち。