夏の追憶 死にたくない、という言葉の海を漂った。 貴方が居る所で生きたい。 貴方が居て、その愛を受けて生きたい。 貴方の愛がなければ死んでいるのと一緒。 貴方の愛がないなら死んでしまいたいの。 けれども、死にたくない。 だからどうか僕を愛してください。 僕には貴方が必要です。 貴方にとって僕は何でしょう、誰でしょう。 僕が思うのと同じように、貴方の必要になりたいです。 愛されないと死んでしまうの。 死にたくない、愛されたい。 切っても切れない感情と欲求の中で、かろうじて呼吸をしている。 貴方はそこまで僕に必要とされているなんて想像もしないし、だからこそこうしてだんまりを決めているのだろう。 「ごめんなさい。何か気に障ったなら許して。声だけが繋がりなの。黙らないで。」 受話器を握り締め、空調のない部屋での暑さに耐える。 手は汗ばんで、長時間の通話のせいか電話機も熱を持っている。 相変わらず向こう側からは音沙汰ないが、時々聞こえる息を吐く音で受話器を放置しているわけではないことがわかる。 僕の声は間違いなく聞こえているはずなのだ。 「お願い、声を発して。」 環境のせいかも知れないし、抱えきれなくなった不安をなくすための手段だったのかも知れない。 僕は次第に苛立ち、声を荒げていた。 「返事をしてよ。どういうつもり。そうやって楽しんでるのでしょう。僕が苦しいこともわからないで。」 本当に言いたいことはこんなことではない。 縋りたい、僕が生きている意味は貴方にしかないし、どんな理由だろうと見捨てられれば僕は死んでしまう。 「僕は愛しているのに。愛してないのだろう。始末したいと思ってるだろう。面倒なんだろう。」 愛しているのは本当に貴方なのだろうか、僕は僕を愛しているから他人に押し付けているのではなかろうか。 傲慢な愛だ、その上命の責任を持たないことで楽になろうとしている。 どうしようもない不安の膨張を抑える為に罵ることを続けた。 深く長く、息を吐く音がする。…溜め息だ。 崖っぷちにいた僕はその音に軽く押されて、真っ逆さまに落下する。 いつもなら、くいとめてくれるか落ちた場所で受け止めてくれる貴方が、今日はいない。 僕はそのまま地に打ちつけられ、木端微塵になった。 終話ボタンに指をあてる。 体のどこにも力が入らず、そこから先は不安の種を除こうとしたこと以外、記憶にない。